おっさんのウエイトマネジメント

おっさんの体重/体型管理用の記録/備忘録

植物ベースの低脂肪食と動物ベースのケトン食

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先日、米国立糖尿病・消化器・腎臓病研究所(NIDDK)のDr. Kevin Hallの査読前論文が公開されました。査読前の論文ですが糖質制限ダイエットやケトジェニックダイエットに限らずMacro/Micro Nutritionを学ぶ上で有用な情報だと思うので紹介したいと思います。

 
NutriXiv, 6 May 2020. Web
A Plant-based, Low-fat Diet Decreases Ad Libitum Energy Intake Compared to an Animal-based, Ketogenic Diet: An Inpatient Randomized Controlled Trial

 

【研究概要】

試験は糖尿病、癌、または精神症状のない体重が安定している成人(男性11名 女性9名 平均年齢約30歳 BMI約28)を対象に4週間臨床施設に入院*させ実施されました。
※試験はアメリ国立衛生研究所(NIH)のMetabolic Clinical Research Unit (MCRU)で行われました。自由生活下では被験者は指示を遵守できず結果に交絡します。この欠点を入院によって補完していますが、費用や拘束期間といった点から試験期間が短くなる点に欠点(研究の限界/制限)もあります。この制限から本研究では介入前の体重の維持期間やウォッシュアウト期間が設けられていません

被験者は2週間、100%食物ベースの低脂肪食(PBLF:脂質10.3% タンパク質14.5% 炭水化物75.2%)または82%動物ベースのケトン食(ABLC:脂質75.8% タンパク質14.2% 炭水化物10%)に無作為に振り分けられ、その直後に2週間他の食事に切り替え、平均エネルギー摂取量、生理的適応(耐糖能、血中ケトン、体組成、エネルギー消費量、食欲etc)を比較しました。

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被験者には研究の主な目的は知らせず、炭水化物と脂質のバランスが異なる食事が身体にどう影響するかを調べる為と伝えました。またこの研究は減量目的ではないので体重を変えようとしてはならないと指示しました。
※けどBMI28の体型の人は痩せたいって思っている人多そうですね

被験者には推定エネルギー必要量(体重の維持カロリー)の2倍の食事(いずれの食事も自然食品中心)が提供され、被験者らはその中で満足するまで好きなだけ食べるように指示されました。
※食事の詳細は論文で写真付きで確認できます

 

【研究結果】

エネルギー摂取量は低脂肪食がケトン食より平均689±73kcal/day有意に低くなりました。性別による差はありませんでした。

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食事のエネルギー密度は低脂肪食がケトン食より有意に低くなり、食事量は有意に多くなりました。食物繊維は低脂肪食が有意に多く、ナトリウムはケトン食で有意に多くなりました。
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被験者は低脂肪食とケトン食に同等の快さや親しみやすさを感じました。またエネルギー摂取量に大きな差があるにも関わらず、低脂肪食とケトン食の空腹感、満足感、満腹感に有意差はありませんでした。

1日のエネルギー消費量は低脂肪食がケトン食より166±23kcal/day低くなりました。低脂肪は安静時や睡眠時のエネルギー消費量が低くなりました。活動量は両群で同等でした。
※摂取量の差による食事誘発性熱産生の差が影響していると思います。また加速度計で感知できないレベルのNEATの影響も考えられます。

 

体重は両群で減少しケトン食は低脂肪食より多く体重が減少しましたが、両群に有意差はありませんでした(-1.77±0.32 kg:-1.09±0.32kg)。
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DXA測定ではケトン食の減量の殆どは除脂肪量(脂肪以外の質量)の変化でした(-1.61±0.27kg)が、低脂肪食では除脂肪量は有意に変化しませんでした。
※血中の分岐鎖アミノ酸濃度にも差はありますが、主にケトン食の除脂肪量減少はグリコーゲン減少に伴う水分量低下に起因します

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体脂肪の変化は低脂肪食がより多く減少しましたが、群間に有意差はありませんでした。それぞれのベースライン変化ではケトン食は1週目、2週目時点それぞれで体脂肪の有意な変化がみられなかったのに対し、低脂肪食では1週目、2週目時点それぞれで体脂肪は有意に変化(減少)しました。体脂肪の1日あたりの減少量は低脂肪食で-51±9g、ケトン食で-16±9.7gでした。

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血糖値はケトン食が低脂肪食より平均値が低く安定していました。耐糖能はケトン食は低脂肪食と比較して相対的に低下しました。ケトン食の血中のケトン体濃度は栄養ケトーシスの定義である閾値0.5 mMを3日目には超え、2週目には1.8±0.1 mMに達し安定していました。
※ケトジェニック愛好者のあるあるツッコミだと『短期研究ではケトーシスに至らない』というものがありますが、本研究では早期にケトーシスに達しています

 

以下、空腹時の血液検査結果よりブログテーマと関連しそうな項目を幾つか抜粋します。

グルコースインスリンは両群でベースラインより有意に減少しましたが、群間に有意差はありませんでした。ケトン体はケトン食で有意に増加し~3mMにまで増加しました。遊離脂肪酸は両群でベースラインより増加したが、ケトン食で有意に増加しました。中性脂肪は低脂肪食でベースラインより増加し、ケトン食では減少する傾向にあった……以下省略
 

【所感】

これまでのよく制御された無作為化比較試験やメタ分析ではエネルギー収支バランス及びタンパク質摂取量が等しい時、脂質と糖質の比率は体重減少に影響しないことが示されています[1,2]。

また高度に加工された食品は食欲を乱し食べすぎてしまう可能性がありますが[3]、健康的な低脂肪食と健康的な低炭水化物食の比較では、長期的な体重変化(減量)に大差は生じないことも示されています[4]。

以上の証拠は『血糖値上昇→インスリン分泌→肥満』『ケトーシス→脂質酸化増→優位に減量』という理論/理解*に欠陥があることを示しています。糖質や脂質の栄養比率はエネルギー収支バランスを超越しません。
※Carbohydrate-Insulin Model of obesity (CIM)

新しいDr. Hallの研究ではこれらの欠陥を補完しCIMをサポートする新事実が示されたということはありません。ケトン食の体重変動とエネルギー摂取量が気になりますが、ベースラインの実際の消費量が推定消費量と結構異なるんじゃ…程度で既存の証拠に対しては特に思うところはありません。

興味深い点は食欲に関してです。ケトジェニックダイエット及び糖質制限では『お腹いっぱい食べても痩せられる』といった実践者の声をよく耳にします。Paoliらの論文ではケトジェニックダイエットの飢餓感の減少効果は十分に文書化されていると言及があるように(ただし機序は未解明)、ケトン食の食欲利点を示す証拠は幾つかあります[5]。またCIMでは『食後高血糖及びインスリンの過剰分泌→食欲増加→エネルギー摂取量増加→肥満』とも説明されています。

しかし、研究では植物ベースの低脂肪食は食後血糖やインスリン分泌がケトン食より有意に増加していますが、より低いエネルギー摂取量でケトン食と同等の満腹感、空腹感が示されています。もっと近似したエネルギー摂取量で食欲関連も同等になるんじゃないか?と思っていたので意外でした。
※そもそも本研究以前のメタ分析では食後高血糖及びインスリン追分泌が食欲を増進させないことが示されています[6]。また食物ベースの低脂肪食では食物繊維摂取量がケトン食より多くなっており、食物繊維(を介した酢酸塩)は食欲抑制に影響する可能性があります[7]。この可能性はHallらの結果に交絡しているかもしれませんが、系統的レビュー及びメタ分析では食物繊維が豊富な全粒穀物が肥満を抑制しないことが示されている点には注意が必要だと思います[8]。

両食事パターンは偏重した栄養構成でも《ホールフードベース》です。[3]も加味すると健康的な食事を前提にした時、総エネルギー摂取量に強く相関するのは《質量》であり、この意味でエネルギー密度の高い栄養構成より密度の低い栄養構成に《短期的》利点があるのかもしれません......なんてことより食べるのに時間が掛かる食事の方が総摂取が減りやすいってだけかもしれません。

《食生活》という行動様式、《食の柔軟性や自由性》も影響すると思います。研究の強みである《食や身体活動の厳格な測定及び管理》は被験者においては《実生活では困難な偏重した食事の簡易再現》でもあります。食物ベースの低脂肪食もケトン食も実生活で再現すると、それ自体が食事量を《制限》する可能性があります。また[3]で示されているように長期的に偏重した栄養構成食を維持するのは困難でもあります。この点において研究が示す範囲には注意すべきだと思います。

制限といえば研究は冒頭で触れたように、被験者を十分に制御管理する代償に試験期間が短くなっています。期間経過と共に差が収束したり開いたりする可能性は十分にあります。また血液検査前の食事の30%は栄養組成を整えた流動食(固形食と流動食では反応が異なる為)なのでバイオマーカの解釈には注意が必要だと思います。

解釈でいえば一応触れておくと、ケトン食で血中の遊離脂肪酸が増加していますが、これはケトーシスの基礎的な生理反応です。しかし遊離脂肪酸及び酸化量の増加は正味の脂肪増減に影響するわけではありません。[1,2]が示すように脂肪収支はエネルギー収支バランスに従います。

低脂肪食の中性脂肪増加も高炭水化物摂取による糖質の酸化亢進の代償に過ぎず(糖質→脂肪の変換経路DNLはこの程度のエネルギー収支バランス及び糖質量では殆ど働きません。故に糖質の摂取量に比例して糖を基質としたエネルギー産生(糖質の酸化)は亢進します)、ヘルスリスクとして論じることは難しい値だと思います。

最後に、研究を安直に《菜食主義賛美》《自然食品賛美》《動物食批判》《糖質制限批判》などに結びつけたり、低脂質 vs 低糖質のように二項対立的に論文を読まないように気をつけた方が良いと思います。これらの姿勢は柔軟性を欠いた窮屈な思考に陥る可能性があります。これはダイエットに限らず、COVID-19に対して合理的に立ち向かう上でも大事なことだと思います。
※私には食に関して特定の主義主張はありません。

以上です。アクセプトを待って追記する……かもしれません。

■2021/01/24 update

Nature Medicineに件の研究が発表されました。

Effect of a plant-based, low-fat diet versus an animal-based, ketogenic diet on ad libitum energy intake
 

■Reference

1. Hall KD et al. Energy expenditure and body composition changes after an isocaloric ketogenic diet in overweight and obese men. Am J Clin Nutr. 2016 Aug

2. Kevin D. Hall & Juen Guo. Obesity Energetics: Body Weight Regulation and the Effects of Diet Compositio. Gastroenterology. 2017 May

3. Hall KD et al. Ultra-Processed Diets Cause Excess Calorie Intake and Weight Gain: An Inpatient Randomized Controlled Trial of Ad Libitum Food Intake. Cell Metab. 2019 Jul

4. Gardner CD et al. Effect of Low-Fat vs Low-Carbohydrate Diet on 12-Month Weight Loss in Overweight Adults and the Association With Genotype Pattern or Insulin Secretion: The DIETFITS Randomized Clinical Trial. JAMA. 2018 Feb

5. Paoli A et al. Ketosis, Ketogenic Diet and Food Intake Control: A Complex Relationship. Front Psychol. 2015 Feb

6. Flint A et al. Associations between postprandial insulin and blood glucose responses, appetite sensations and energy intake in normal weight and overweight individuals: a meta-analysis of test meal studies. Br J Nutr. 2007 Jul

7. Frost G et al.The short-chain fatty acid acetate reduces appetite via a central homeostatic mechanism. Nat Commun. 2014 Apr

8. Sadeghi O et al. Whole-Grain Consumption Does Not Affect Obesity Measures: An Updated Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Clinical Trials. Adv Nutr. 2019 Aug