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おっさんの体重/体型管理用の記録/備忘録

筋トレと免疫について

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『時世的には免疫系にあまり負荷を掛けるべきではないと思うので……』

減量記録記事の一文ですが、この考え方は理にかなっているでしょうか。筋トレによる疲労が免疫系に負の影響を与え、例えば風邪やインフルエンザにかかりやすくなるでしょうか。
※以下は免疫学、感染症学、疫学など医学の専門知識を有さない素人の所見/備忘録です。時世的と書いていますがCOVID-19は内容に含みません

 
結論としては、冒頭の一文は私にとっては《筋トレを回避する為の詭弁》です。現在行っている運動(自宅環境における低頻度、低~中強度、低~中量のレジスタンストレーニング)を増やしてはならない合理的な理由はありません。

80年代半ばより運動免疫学の分野(運動免疫学の論文の9割は90年代以降で比較的新しい研究分野です)では、免疫系は高強度の長時間運動後に一時的に抑制される傾向が観察されており、この一時的な低下は《オープン・ウィンドウ仮説》として提唱されています[1,2,3]

一方、~中強度運動(60%HRR,60%Vo2Max,60minを閾値とするような運動強度)は上気道感染症(URTI)リスクを減少させる証拠があります[4,5,etc]。運動強度と感染リスクの関係性はJ字曲線を示すとしてモデル化されています。

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David C. Nieman and Laurel M. Wentz 2019の図を参考

この関係性を実体験する人は多くないとは思いますが、《マラソンウルトラマラソン後に免疫系が抑制される》という主張に納得する人は少なくないと思います。過ぎたるは及ばざるが如しです。

この仮説や曲線は主に高強度の持久系運動の証拠に基づいていますが、では筋トレ(レジスタンストレーニング:RT)の免疫系への影響に関する証拠はどうでしょうか。

Niemanらは、平均トレーニング歴9年の若い成人男性10人に、パラレルスクワットを全力で1回挙がる重さの65%で10回(65%1RM,10reps)、挙上速度は1rep/6秒、インターバル3分、もう挙がらないというまでセットを繰り返させました。被験者はトータルで平均98reps、平均総挙上重量9711kgで力尽きました[6]。

結果は平均酸素消費量が低く、ホルモン反応が中程度にも関わらず、激しい持久系運動に関連する免疫反応と類似した反応を示しました。

またDohiらは10RMのスクワットで高強度群(女性8人)と低強度群(女性8人)を比較しています[7]。

相対強度は10RM,6setsで同様ですが、絶対強度が高い高強度群のリンパ球の応答性が有意に低下しました。

RTと免疫に関する研究は他にも幾つかありますが、結果にはばらつきがありRTの影響は要領を得ません[8,9,10,etc]。二次分析ではどうなっているでしょう。

Siedlikらはメタ分析を用いて《RTを含む》激しい運動後のリンパ球の増殖反応を定量評価しています[11]。本研究では[6,7,8]は分析対象として抽出されていますが、その他のRT研究は基準に達しない為除外されています。このことからRTと免疫に関する質の良いデータ(RCT及び二次分析)は不十分であり、普遍性は現時点では見いだせないと思います。
※抽出した研究の多くは非盲検によるバイアスリスクが指摘されています
※感染と交絡する変数は多岐に渡り、免疫系の抑制と感染の因果関係が証明されているわけではありません


また近年《オープン・ウィンドウ仮説》や《J曲線モデル》はCampbellらの論文で反証も試みられています[12]。Siedlikらのメタ分析では激しい運動や長時間運動にリンパ球の増殖を抑制する効果があり、1時間以上続くと効果が大きくなると分析していますが、Campbellらは運動後数時間の血液中の免疫細胞数の減少は免疫抑制ではなく、感染リスクの高い部位(例えば肺)への細胞移動である可能性を指摘しています。

私はCampbellらの反証に部分的に同意しつつも、Siedlikらのメタ分析で示されているように、疲弊しきるような長時間の強度の高い運動は免疫系に負の影響を与えうるとは思います(殆どの一般人が行う運動の範囲ではとても小さい影響だと思いますが)。

しかし現時点で筋トレによって免疫系が抑制され感染症リスクが上がるという証拠は十分ではありません。今後のより質の高い研究が待たれます。

私が行う筋トレは《絶対重量は低》《セット数は低》《セット毎に追い込まない》《種目は少》なので総負荷量は多くありません。全体的に少々増やしたとてJ曲線モデルで中強度の範囲に収まり、免疫系に限らず利益が勝ると自己分析しています。

最後に、範囲を《一般レベルの筋トレ》から《より高次な競技としての運動》に広げ、運動免疫学の専門家であるNeil Peter Walsh Ph.Dによる免疫系の健康維持の為の推奨事項を一部紹介して終わります[13]。

1. 病気の人を避ける(特に秋冬は)。
2. 良好な手指衛生および適切な予防接種
3. 目、鼻、口に自ら触らないようにする
4. 首から下の症状がある場合は運動しない*1
5. 身体、心理、社会を含むあらゆる形態のストレスの監視および管理
6. トレーニングストレスの慎重な管理
7. 過度の長時間トレーニングを頻繁なスパイクセッションに置き換える*2
8. 2週~3週毎に回復または適応週を取り入れる
9. 毎晩7時間以上の睡眠を目指す
10. バランス食を心がけ、慢性的な低エネルギー摂取を避ける
※1 《below the neck symptoms》あるいは《above the neck symptoms》に関してはMayo Clinicの説明を確認ください。その上でなお安易な自己判断は避けるべきだと思います
※2 《spike sessions》は恐らく緩急をつけた高強度と持久系を組み合わせた短いトレーニング(を繰り返す)だと思いますが、具体的な内容(情報ソース)や良い訳語がわかりませんでした


■Reference

1. Keast D et al. Exercise and the immune response. Sports Med. 1988 Apr

2. Walsh NP et al. Position statement. Part one: Immune function and exercise. Exerc Immunol Rev. 2011

3. Walsh NP et al. Position statement. Part two: Maintaining immune health. Exerc Immunol Rev. 2011

4. Nieman DC et al. The effects of moderate exercise training on natural killer cells and acute upper respiratory tract infections. Int J Sports Med. 1990 Dec

5. Barrett B et al. Meditation or exercise for preventing acute respiratory infection (MEPARI-2): A randomized controlled trial. PLoS One. 2018 Jun

6. Nieman DC et al. The acute immune response to exhaustive resistance exercise. Int J Sports Med. 1995 Jul

7. Dohi K et al. Lymphocyte proliferation in response to acute heavy resistance exercise in women: influence of muscle strength and total work. Eur J Appl Physiol. 2001 Aug

8. Koch AJ et al. Minimal influence of carbohydrate ingestion on the immune response following acute resistance exercise. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2001 Jun

9. Simonson and Jackson. Leukocytosis occurs in response to resistance exercise in men. J Strength Cond Res. 2004 May

10. Ghanbari-Niaki A et al. Acute circuit-resistance exercise increases expression of lymphocyte agouti-related protein in young women. Exp Biol Med (Maywood). 2010 Mar

11. Siedlik JA et al. Acute bouts of exercise induce a suppressive effect on lymphocyte proliferation in human subjects: A meta-analysis. Brain Behav Immun. 2016 Aug

12. John P. Campbell, James E. Turner. Debunking the Myth of Exercise-Induced Immune Suppression: Redefining the Impact of Exercise on Immunological Health Across the Lifespan. Front Immunol. 2018 Apr

13. Walsh NP. Recommendations to maintain immune health in athletes. Eur J Sport Sci. 2018 Jul